稲川淳二さんは、ご自身の怖い経験だけでなく、古くからの伝承にも詳しいのです。むかし、河童についてお話しになっていたことがあります。




 皆さんも子供のとき、一人で山の奥の川にいくな。河童に引き込まれるぞ。なんていわれたことがあると思います。河童とは、どこから生まれてきた生き物なのか・・・。
 








 稲川さんは、「人間の子供」だといっております。正確には、「大人に処分された子供」だと・・・



 むかし、この日本では子供をたくさん産んで、それぞれの家で食い扶持に困るほどであったといいます。で、どうするか・・・。丁稚奉公にだされたり。売られたり。それでも困ってついには、自分の子供を河に連れていって、そして・・・



 川に浮かんでいる。それは、大人に処分された子供の亡骸だったり、白骨化した子供の腕だったり。それが・・・川面から顔を出す河童の頭や、つかみかかってくるように水面から出ている緑色の河童の手・・・と、伝わるようになった。
 そんなふうに稲川さんは話しています。



 おどろおどろしくて、そして、なんともやりきれない話ですね。稲川さん特有の怖い演出かもしれませんが、リアリティーがある話だ。命の、特に子供の命の価値は、時代によって違うのか?現代はどうなのか?













 東日本大震災からもうすぐ一年。国営・民放テレビ、特集が多くなってきました。私もその時々の気持ちで、見たり見なかったり・・・なんですけども。

 ただ、


 
 がれき処分にたいしてズバッと切り込む番組は少ない(無い)ようです。タブー的な問題があるのでしょうか?







 このがれきの山の写真を見ると、稲川さんの話と同類の、おどろおどろしさとやりきれなさを感じるのはなぜか・・・



 ●・・・一年前によく聞いた言葉。
 ●エゴ・・・今よく聞く言葉。


 
 そんな単純なことではなくて、受け入れ拒否は国の意識なのだろうか?日本は少子化の時代。子供が減っていく。その子供たちを、ほんのささいな毒にもならない程度の毒からでも守ろうとする、国の意識なのか・・・



 それなら、やっぱり・・・





 スケベ意識が必要ってことじゃないのか!?
 過剰な国の意識を変え、いっぽうで子供をないがしろにしない程度に計画的に子供を増やす・・・
 スケベ意識しかないでしょう・・・



  
 ↓
 エゴ 
 ↓
 そして、スケベへ・・・