片隅の町の幸せ

それは、あなたの小さな幸せ

トイレまで500マイル

 母親が入院して数日経ちました。再び帰ってくるかどうかもわからない入院をさせるというのは、身内としてとてもやりきれないものでした。ですが看護師さん達やリハビリの先生方はとても感じが素敵で、母親としては、環境的に良かったのかもしれません。

 
 先日見舞いに行ったときですが、ベッド脇に歩行機が寄せて置いてありました。これで歩いているのかと聞くと、それでも歩けないといいます。もう少し詳しく聞いてみると、どうも歩行機をうまく使いこなせてないようでした。端っこを持って押そうとしていたらしいのです。そうではなくて、歩行器の中にすっぽり入りこんで両肘をついたら立つのも楽だし、必ず歩けるだろう・・・という説明をし、それではちょうどもよおしてきたし、試しにトイレまで歩いてみるかとなったのです。


 私の説明通りに歩行器の中に入ると、なるほどこれなら歩けると感心しています。そうすると、その日担当の看護師さんがやってきて、大丈夫かなんやのと騒がしくなってしまいました。トイレまで歩くのが困難な母親は、トイレ脇に簡易式トイレを置いていてそこで用を足していたのです。トイレまで歩くことが無謀と、看護師さんは思ったのでしょう。しかし母親は、歩いて行ってみるといいました。トイレまで憶測十数メートル。ベッドまでの往復、二十数メートルといったところでしょうか。


 その距離を歩いてみるといった母親はまるで、行ったこともない外国へ旅行へ行くような表情でした。


 結果的に、母親はトイレに行って用を足しベッドまで帰ってくることができました。「歩けたわ・・・」そう言って満足げでした。忙しいのにずっと付き添ってくれて看護師さん、ありがとう。


 病に蝕まれ、衰え、ただ歩くことに幸せを感じるなら、病に勝てないことは不幸せなんだろうか?