心の光(一)、崩壊

 前回の記事にて入院していた病院から、しばらくして、母親は緩和ケア病院に転院しました。いわゆるホスピスという施設です。
 母親も、その場所が自分自身の最終地点だと考えていたようです。我々身内もそう思っていました。ところが・・・

 入院して数週間後のある夕方、ホスピスから電話がかかってきたのです。かけてきたのは母親本人でした。どうやら病棟にある公衆電話からかけてきたようです。母親は一人では歩けませんから、横に付き添いの看護士さんがいることは容易に想像できました。母親の口調はまるで、横にいるその看護師に聞かれまいとするような・・・そんな話し方でした。そして、切羽詰っているようにも感じました。「とにかくいますぐここにきてほしい」そういうのです。



 病棟につくと、母親は(前回記事にも書いた)歩行器の中に入って廊下を歩いていました。私を確認すると周りをうかがうような形相で私に近づいてきて、小声で(母親が入室している)部屋に入れというのです。私は母親の目の色を見て、恐ろしい不安を予感しました。
 部屋に入ると母親は私をソファに座らせ自分はベッドに座りそして語り始めました。


 「この病院から早く出ないかん」
 「この病院が出す食事には、毒が入ってるんや」
 「この病院が出す薬も、毒や。毒を飲まされてるんや」
 「病室に音楽をながして(ナースコールでなる音楽のことですが)洗脳してるんや。ここにいる人みんな、それで動かれへんようにされてるんや」
 「それで金を巻き上げてる詐欺集団やねん、ここは。ホスピスという名前を借りてる詐欺集団やねん」


 取りつかれたようにしゃべる母親の目は、私ではどうしようもない暗黒に迷い込んだような目の色でした。絶望という言葉を、私は母親と見つめあいながら心でつぶやいていました。