かえせ
時々歩く道で、横を通るとその声が届いてきそうな石碑があります。うららかな日を浴びて、ひっそりとたたずんでいる石碑ですが、よく目を凝らすと、周りに黒い炎の幻影が浮かんできます。
誰に訴えてるんでしょう?
いったい誰にたいして、その声を刻んでいるのですか?
私のような若造ですけどこう思います。
人間の所業に向かってだと。原爆。
地下鉄サリン。
9・11。
原発事故。
「しょうがねえ」・・・海に向かってつぶやいた漁師さん。
「恩恵だって、受けてるんだ」・・・かえせ、とはいわなかった。
漁師さんのつぶやきを理解するには、私はあまりにも未熟です。
「かえせ」。この声、この文字の、黒く燃える意思は理解できるのに。
それは私が、奪われたと同時に、私もたくさんのモノを奪ってきた人間だからだ。奪ってきた。かえせ、かえせ。俺は返さないけど、お前は返せ。こんな人間だからだ。
石碑の横を、乳母車を押す母親や、若いカップルや、杖をついたご老人が通っていきます。みな、うららかな日差しを浴びていました。