おかえり
「おかえり東京」
2020年、東京五輪に対して、こんな見出しが飛びかいましたね。
いっぽう、五輪開催決定の数日前に、「さよなら東京」をした若い女性がいました。
テレビの話ですけど・・・
そう・・・
絶好調っ、あまちゃんですっ!
「おら、北三陸へ帰りてえっ!」
「おらっ、北三陸のみんなに会いてえっ!」
そして、無人の袖が浜駅には、仲間たちの「おかえりっ!」が・・・
帰りたい・・・
帰ってきてくれてありがとう・・・
この二つの想いがあってこそ、「おかえり」は真の意味を持つ。
では49年前の東京五輪の何が日本から出て行って、いったい何が帰ってくるのか・・・
東京にオリンピック歓迎の人で、それが分かる人がいますか?
それを説明できる人がいますか?
私は、それが分かる。それを説明できる。
1964年の東京、そして東京五輪は・・・
あの時代、そしてあの頃のスポーツは、真のスケベだったっ!!
明らかに身体的に機能的でないウェアでコロコロクルクル回転しながら世界を震撼させた日本選手たち。その姿は真のスケベスポーツ選手だ。本当の自然なスケベだった。
しかしその後、日本を離れたスケベは、機能だけを追い求めそれは下着だろうという海外女性アスリートが当たり前のようにその肉体美をさらけだし、日本のスケベは、セクシーという言葉に置き換わっていった・・・
そしてセクシーの影には、記録を餓鬼のように追い求める薬が暗躍しつづける。セクシーはアンナチュラルな美でしかない。
・・・それはまさに、
あまちゃんだぜっ!!
2020、東京、
「おかえり、スケベっ!」
そして、
偽りの、薬に汚れたセクシーよ、来いよ。
東京へ、来てみろよっ!!
「じぇじぇじぇっ!!」 (jejeje!!)
・・・って言わせてやるぜ。
本当のスケベを見せてやろうじゃねえかっ!!
来いよ、来てみろよっ!
東京へ着てみたら、
ニヤケとるやろっ!!( -_-)=○☆)>_<)アウッ!