12月8日・・・その二

 私は小学生の頃、伝記物や歴史物を読むのが好きだった。戦国武将の伝記にはワクワクしたし、日清・日露戦争や太平洋戦争での日本人の活躍には胸おどらせたものだ。小学生なんだから、当然でしょう。

 私が通っていた小学校は、二年ごとに担任の先生が変わる制度だった。五、六年の時は、二十代の女性のM先生が担任になった。小学校って、担任の先生がすべての教科を授業するでしょう(今でもそうでしょ?)。

 そして、M先生の社会の授業で、私の子供心の英雄達はズタズタにされたのだ。

 ・・・あなた達、日本人は昔、戦争で悪い事ばかりしたのよっ!
 ・・・日本がロシアに勝ったのは、ロシアが自国に問題を抱えてたからなの。あんな大きな国に日本が勝てる分けないのよ。

 ・・・天皇なんていらないのっ。あの人たちは私達の税金で暮らしてるのよ。無駄なのよっ。

 どんな思想を持とうと勝手だが、小学生にとって、大人の担任の影響力は絶大だ。それは、弱者と強者の関係といってもいい。歴史を学ぶ事は重要だが、歴史の授業は、個人の思想を柔軟な頭脳に植え込む授業ではない。

 誰も反論する生徒はいなかった。当たり前だよ。反論もクソもない。初めて学ぶ歴史に、きわめて個人的な考え方が高圧的に強者の教壇から訴えられるんだから。学びじゃない。

 ちなみに私は、そのM先生になぜか嫌われていた。休みにどこにも行楽に行かなかったので、宿題の絵日記を提出しなかったのだが、注意も何もされず無視された。私以外の人の絵日記が、教室の壁に貼られた。
 卒業に近づいて、文集が全員に配布されたのだが、その絵日記もつづられていたらしい。ペラペラと文集をめくる私の横に、M先生が立って、さらっと全員に言った。

 「提出してない人のはないからね・・・」


 教壇から個人の思想をぶつけるのは、大学生を相手にした方がいい。そうしたら、学びの場になる。私はその先生にそう言いたい。